ドミトリー・ショスタコーヴィチ作曲 オラトリオ「森の歌」作品81


ウラディミール・アシュケナージ指揮 ロイヤル・フィルほか/ロンドン

コトリャロフのテノール、ストロジェフのバス、ブライトンフェスティバル合唱団、ニューロンドン児童合唱団が出演しています。1991年の比較的新しい録音で、旧ソ連圏以外で唯一の録音でもありました。

さてこの演奏、一言で表わせば実に壮大な演奏と言えるでしょう。もちろん録音のせいもありますが、全体的に自然の雄大さというか、空間的な広がりに大変こだわった演奏になっています。はっきり言って期待外れでしたが。

演奏は好みですから何とも言えませんが、しかし遠近感が強すぎるせいか、それぞれの声部の動きが弱いですし、そもそも演奏に力強さが感じられません。しかも全体にテンポ設定が不自然で、速すぎる部分もあれば遅すぎるところもあります。特に遅すぎる終曲の前半は実に間延びしていて、今一つ切れのない合唱も含めてどうも聴きにくい演奏です。しかし良く見ればそれだけに大変お上品な演奏で、ある意味でロシア的というよりも完全に英国風の紳士的な演奏になっています。

それとさすがに録音はいい。目の覚めるような立体感の再現は、歴史的名演揃いの「森の歌」の中でも異質なほどの見事な録音です。そういう点では録音美人とでも言いましょうか。近年のアシュケナージを知るためにも興味深い一枚です。


ユーリ・テミルカノフ指揮 サンクト・ペテルブルク管弦楽団 / RCA

ゲルギエフと共に現代のカリスマ指揮者として人気のあるテミルカノフの注目盤で、録音も良くて理想的な名演の一つと言える出来です。何といっても民主化後にさりげなく録音されている点が注目で、何がどうであれ「いいものはいい」の一言につきます。

演奏の方は相変わらず雑な部分も多いのですが、しかし強弱のメリハリがはっきりしていて聴きやすく、分かりやすさの点でも好感が持てるものです。テンポ設定なども比較的楽譜に忠実ですし、ソ連時代の伝統をいい意味で残しつつ現代的な演奏として見事に仕上げています。

なおこの組み合わせは日本で来日公演も行っていて、ここではそのライブ録音もご紹介させていただいています。


エフゲニー・スベトラノフ指揮 ソビエト国立響ほか/ビクター*推薦

以前はメロディアで出ていた78年のライブ録音です。マスレンニコフのテノール、ベデルニコフのバス、モスクワ放送合唱団のほか、モスクワ国立合唱学校の児童合唱団が出演しています。ライブということで最後には短いですが盛大な拍手も入っています。

ソ連の重戦車と呼ばれたスベトラノフらしい爆演で、ほとんど予想どおりの力強く豪快な力演です。ライブらしく熱気がある反面、細部ではいろいろと粗っぽいところもあるのですが、しかし危険を恐れずに思い切った演奏に挑戦している姿勢は好ましいもので、全体的な厚みや迫力もロシア物らしい聞き応えがあるものです。録音も悪くないですし、やや近めに録られているため質感が高く迫力も倍増しています。テンポ設定なども楽譜に忠実な路線ですし、何より燃え上がる白熱の演奏に圧倒されることは必至で、この曲の代表的な名盤として誰にでもお薦めできるものです。


エフゲニー・ムラビンスキー指揮 ソビエト国立響ほか/メロディア*推薦

49年のライブ録音です。キリチョフスキーのテノール、ペトロフのバス、アカデミー・ロシア共和国合唱団のほか、モスクワ国立合唱学校の児童合唱団が出演しているモノラル録音。この作品の初演時に録音されたものと推測されるもので、当作品を初演したのは、ムラビンスキー以下この録音と同じメンバーです。

初演時の演奏ということですが、驚くほど楽譜に忠実な演奏で、むしろこの演奏を聴きながら楽譜を書いたのではないかと思うくらい模範的な演奏です。しかもムラビンスキー特有の引き締まった緊張感があり、重厚で切れのあるオーケストラの響きも目が覚めるようです。特にテンポ感はこの演奏が最も楽譜に近いか、楽譜とまったく同じと言っていいほど忠実かつ自然なもので、この曲の誕生を祝すのに最も相応しい名演だったと言えるでしょう。

残念なのはモノラル録音という点くらいのものですが、しかしムラビンスキー盤は他にステレオのものが無いようなので、これはむしろ残っていて幸運だったと言えるのかもしれません。音も遠くて聴きづらく、こうした大編成の作品としては決して理想的な録音とは言えませんが、しかし歴史的な価値以上に聴くべきところが多く、慣れてくればむしろ素直に没入できる演奏だとも思います。

ちなみにカップリングには、プロコフィエフの交響曲第6番も入っています。プロコの第6などは、よほどのファンでもない限りは聴く機会も少ない作品なので、レパートリーとしても困らない配慮かも知れません。ちなみにこの第6番もムラビンスキーの指揮で初演されています。


ウラディミール・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団ほか 1991年8月16,17日 モスクワ放送局大ホール

アレクセイ・マルティノフのテノール、アレクサンドル・ヴェデルニコフのバス、ユルロフ名称アカデミー・ロシア共和国合唱団と同少女合唱団『春』が出演しています。

「あと4日遅ければ、この録音は存在しなかっただろう」フェドセーエフ自身がそう語った、共産党体制末期の1991年にソ連でおこなわれた執念のレコーディング。

このCDが発売された時には多いに期待したのですが、聴いてみた時には複雑な印象を持ちました。その理由は、何といっても解釈が変なことです。具体的にはまずテンポ(速度)がおかしい、続いて強弱も変です。各発想記号の解釈も独特で、何とも不思議な感じでした。テンポがおかしいというのは、たとえば速くなる部分では逆に遅くなり、遅くなる部分では速くなる。強弱も同様で、フォルティッシモの部分では弱く聞こえ、その逆も聴かれました。

要するにあまのじゃくな解釈なのです。こういう演奏が単に指揮者の「個性」といえるのでしょうか。あまり非難したくないのですが、ちょっと作曲家をばかにしているような気もします。これではまるで喧嘩を売っているようなものではないでしょうか。ちなみにフェドセーエフという人は、この90年頃の録音から似たような演奏が目立つようになってきました。後のフィンランディアを聴いた時にも同様の印象を受けましたし、とりあえず普通の指揮者ではなくなってしまったようです。

かつてモスクワ放送響との来日公演などでは、ストラビンスキーなどの(当時としては)変ったプログラムを積極的に取り入れ、多くのファンを魅了した指揮者だっただけに何か残念です。釣り逃がした魚は大きいと言いますが、この録音で歌っている名歌手マルティノフのテノールは絶品といえる出来です。何とも残念。


アレキサンドル・ユルロフ指揮 モスクワ・フィルほか/メロディア

イワノフスキーのテノール、ペロトフのバス、アカデミー・ロシア共和国合唱団のほか、モスクワ国立合唱学校の児童合唱団が出演しています。

LP時代から当曲の代表的な録音として広く親しまれてきた名盤で、かつては布張りの豪華なアルバムみたいなジャケットに包まれたものなど、様々な形態で販売されていた記憶があります。

スベトラノフやムラビンスキーなどに比べると、かなり温厚な演奏に聞こえます。安定したテンポ感といい、厚みのある音作りといい、いかにも合唱曲らしい録音ではないでしょうか。

よくは知りませんが指揮のユルロフは声楽家らしく、アカデミー・ロシア共和国合唱団の指揮者だったと思います。この点からも、非常に合唱および声楽部分に比重の置かれた演奏だと思います。いうなればロシア版のロバート・ショウみたいな演奏で、合唱つきのオーケストラ曲ではなく、あくまでもオーケストラ伴奏で歌う合唱曲というスタンスで聴かせてくれています。

そして録音はこれまた明るく、不思議な幸福感を伝えています。前出2者のような切迫した緊張感はまったく感じられず、平和で楽天的な合唱曲として見事にまとまっています。