ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ作曲
Dmitry Shostakovich(1906-1975 / モスクワ)

オラトリオ「森の歌」作品81 1949
ORATORIO "SONG OF THE FORESTS" 1949

演奏時間 約40分

第1曲 勝利(戦争が終わったとき)

第2曲 祖国を森で覆わせよう

第3曲 過去の思い出

第4曲 ピオネールは木を植える

第5曲 スターリングラード市民は前進する(コムソモールは前進する)

第6曲 未来の散歩道

第7曲 讃歌 (栄光)

主要CD評


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 森の歌
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元来ショスタコビッチの名曲と言えば「革命」という愛称で親しまれてきた交響曲第5番であり、吹奏楽に人気の「祝典序曲」であり、シュワルツネッガーの「チチンプイプイ」のCMで一世風靡した交響曲第7番といったところです。何だかんだと言いながらも名曲として知られている作品の多いショスタコビッチは、現代作曲家の中でも比較的に真っ当な評価がされている人物だと思います。

「森の歌」の存在

近年では演奏会の曲目に上ることが多くなったショスタコビッチ作品ですが、それでも「森の歌」の上演となるとさすがに「頻繁」というまでにはいかないようです。それは作品に対する批判や不人気ということだけではなく、単に巨大過ぎる編成にも大きな理由があるのでしょう。

独唱2名と児童合唱を含む声楽陣だけでなく、場外の金管も加えたオーケストラは基本的には3管編成で、付け加えればハープが2台という程度。コンパクトではありませんが常軌を逸したというほど巨大でもなく、むしろ祝典的なイベント編成として妥当なものです。さらに演奏時間は40分程度と非常に手頃ですし、何より聴きやすく分かりやすいその内容は特筆すべきもので、これほど音楽的に充実した作品は他には無いと言い切れるほどの見事な作品です。

しかしその一方で、この作品は生みの親であるショスタコビッチ自身には大変嫌われていたようで、その具体的な内容やエピソードもよく知られています。さらに当時のソ連共産党やスターリン体制に対する称賛がこの曲の基本となっていることも、長らくこの作品に対する冷酷な扱いに繋がってきましたし、そうした風潮はまだ今後もしばらくの間続きそうです。

共産主義も人が本気で信じていたという点では宗教みたいなものですし、その点ではヨーロッパのキリスト教と通じるものがありますし、少なくとも中世ヨーロッパにおいては政治と深く関わっていたか、政治そのものだったという点でも似ています。だからもしこの「森の歌」が共産主義への礼賛だというなら、ヨーロッパの宗教音楽はどれもキリスト教と当時の政府に対する迎合礼賛でしょうし、特に信仰心が希薄だったとされる×××や○○○などのミサ曲(例えばレクイエム)などは、もはやこの世から永久に抹消されるべき何の価値も無い存在と言われてしかるべきです。

しかし実際にはそうはならず、キリスト教はヨーロッパの文化であり伝統だと言われるでしょうし、それで何となく収まっていますし、この点について特に声を荒げて突っ込むような意見もあまり聞かれません。ですからそうした流れでいけば、20世紀のソ連共産党時代と社会主義レアリズム文化についても、やがては芸術としての立場や価値観が確立され、わだかまりなく扱われるようになっていくものと期待しますし、そうでなくてはならないのです。少なくともこの曲にとっては。


「森の歌」への批判について

前述のように「森の歌」は作曲者であるショスタコビッチ本人が大変嫌っていたとされています。当時のスターリン時代という背景の中で、反革命的だとして批判されることの多かったショスタコビッチが、起死回生のために打った大芝居がこの曲だったからです。その内容は当時のソビエト国家とスターリンを礼賛し、賛え上げているという姿勢に一貫していますが、その初演が大絶賛で迎えられたにも関わらず、ショスタコビッチは家に帰ってから大いに泣いたと言われています。つまりこうした内容が作曲者自身にとっても非常に屈辱的だったことは想像できるものです。

確かに辛かったでしょうし悔しかったでしょう。実に100万人ともいわれる国民が容赦なく粛正されていた当時、後に大テロルと呼ばれる恐怖政治の中にあって、無抵抗状態で銃を突きつけられた人間が「助かる可能性がある」と思うことをするのは当然です。それが例え自分の意に反し、独裁者を賛美することだったとしても。しかしそのことで咎められたり、他人が批判することは間違いだと思います。

程度の違いはありますが、そもそも自分の意に反する仕事をしないで済む人の方が現実には少ないのではないでしょうか。別に尊敬している訳でもない人に深々と頭を下げ、嬉しくもないのに「ありがとうございます」と言い、たいして世話にもなっていない相手に「いつもお世話になっています」と言うくらいは誰だって普通ですし、自分の能力を発揮できるような仕事、やり甲斐のある任務を任せてもらえる機会の方が少ないものです。むしろそんなこととは全然違い、やりたくもなければおもしろくもない仕事に追われながら日々を過ごしているという人だって珍しくないでしょう。

スターリン(左)と大テロルの頃(1937-39年)

聖書の中には「本当に何も罪を犯したことがないのなら、罪人を罰すればいい」とありますが、少なくとも現代社会に生きている我々が、当時のショスタコビッチを体制迎合的だと言って非難できる立場ではないと思います。それにもし独裁政治に異を唱え、そのまま粛正されて百万人の中の一人となっていた場合、ショスタコビッチはそこでいなくなってしまうのです。本人としては潔いかもしれませんが、しかしこれは後の人類にとって大きな損失ですし、結局人は死んでしまえばそこまでなのです。そうした事態をまさに身をもって食い止めたという功績は大きいですし、そのための手段がどうであれ、もはや他人が口を出すことではありません。

それに芸術家は何らかの理由で創作をするのです。純粋に個人的な芸術性のために、つまり自分で作りたくて作るという場合もあるでしょうけど、普通はどこかの楽団や何とか協会とかから委嘱されたり、あるいはソナタや協奏曲のように演奏者から注文される場合もあるでしょう。それに応えることが芸術的な充実感を得るということも言えますが、人によってはそれによって多額の報酬を得たり、何らかの形でビジネスに結びつけることもできるでしょう。特にプロならそれが当然ですが、しかしそのことを商業的だとか半金主義だと言って批判する人だっているでしょう。

しかしそれくらいならまだ普通で、音楽史を開いて見ていけば、例えば古典派の巨匠○○のように借金の返済や肩代わりのためにとか、イタリアバロックの天才××のように女子学生と親密になるためにとか、そうした切実かつ人間臭い創作理由はいくらでも出てきます。そうしたことを批判するのは簡単ですし、まあその時はそれなりに言われるにしても、しかし百年も経てば様々な状況も変化してくるものですし、さらに千年もすればどうでもよくなってしまいます。

つまり創作のきっかけが例え下劣で卑しいと言われるようなことだとしても、結果的にいい作品が生まれればそれでいいものですし、この世で何かが生れるということは結局そういうものなのです。逆にいえば例え崇高な理念のもとに製作された作品でも、結果的に出来が悪ければ話しにもなりません。生い立ちや家柄についてとやかく言っていても仕方のないことで、芸術にとって大切なことはやはり結果であり、最終的に完成された作品の出来なのです。


意外と「嫌いじゃない方」だったかも・・

前述のように非常に切迫した状況下で作曲された「森の歌」ですが、それとは反対にかなり平和で明るく楽しげな内容になっています。もちろん「そうでなくてはならなかった」理由がある訳ですが、とはいえこの作品の出来の良さ、「ノリ」の良さは尋常ではありません。まるで「本当はこういう曲を書いてみたかったんだよ」とまで言えるかどうかはともかく、少なくとも当時はショスタコビッチ以外でも多くの芸術家が同様に体制賛美的な作品を作っていたでしょうから、そうしたプロパガンダ色の強い作品の数々を日常的に目にし耳にしていた巨匠にとって「自分ならもっと上手くやってみせる」という思いもどこかにあったのかもしれません。

そうした中で誕生したこの曲は、芸術性と通俗性との接点であり融合とも見ることができるでしょうか。コントでよくあるように、「いやだいやだ」と言いながらも水の中に飛び込んでいくタレントのように、ショスタコビッチ本人も実はどこかでこうした作品への意欲を秘めていたのかもしれません。一見そんな風には見えないものの、しかし文化人というものは結構そういう一面がある人も多いものですし、案外本人も嫌いな方じゃなかったのかもしれません。基本的にシリアスなキャラクターの人ですから、もしそうだとしたら余計のそうした矛盾が際立つという面白さもあります。

「作曲家批判大会(1948年)」に出席したショスタコビッチ(左)

高度であっても難解すぎる芸術作品と、低俗ながらも親しめる庶民的な娯楽とは本来相いれないものではありますが、しかし時にはその両者が歩み寄り、分かりやすさと内容の濃さを合わせ持つ類い稀な傑作が生まれることもありますし、我々もまた常にそうした奇跡を期待しているのです。もし平穏な時代であればショスタコビッチも遠慮なく自宅にこもりきり、彼にしかできない未来の音楽だけを追及することに没頭していたことでしょう。

しかし結果的にみれば時代が彼に「森の歌」を作るきっかけを与えたことになりますし、彼もまたそうした運命を受け入れてくれました。不本意だったかもしれませんが、それでも我々はそのお陰で「森の歌」を聴くことができますし、その気になれば弾くこともできますし歌うこともできます。これはもはや人類共通の宝と言っていいほど貴重なものですし、その成立過程を考えれば、この傑作がこの世に存在すること自体が神の偉大な奇跡であることを知ることができるでしょう。

もちろん本人も非常にこの作品を嫌っていたとされていますが、しかし結果的に破棄した訳ではないですし、少なくとも音楽的な内容についてある程度の納得はできていたと考えても自然です。例えば美術作品などとは事なり、この作品の場合でもその気になれば歌詞の一部または全部を入れ替えることで、共産党やスターリンに対する賛美称賛の内容は完全に置き換えることができますし、現にスターリン批判の後はそうした形式で演奏されていたとのことです。

それにくどいようですがこの件に関してショスタコビッチを批判する権利は誰にもありません。そんなに言うのならさっさとスターリンを殺して、歴史的な圧制からソ連国民を救い出せば良かったのです。とはいえ当時は赤狩に躍起となっていたアメリカをはじめ、世界的にも多くの政治的な問題や混乱を抱えていたでしょうから、結果的に見ても当時のことについて正論を突き刺せる立場の者は少ないでしょうし、もはやそれらは現実の歴史として受け入れ、慎重に検証されていくべき人類の遺産として冷静に受け入れていくべきだと思います。

その一方でこの「森の歌」は日本では大変に人気があり、恐らく本家ロシア以外では最も頻繁に演奏されている国となっているのでしょう。特に1970年代前後の日本は合唱ブームだったため、プロ・アマを問わずたくさんの声楽作品が取り上げられていました。その当時に合唱団で歌ったことのある人も多いことでしょう。オーケストラ付きの合唱曲としてこれほど出来が良く完成度の高い作品は他にはないとまでは言わなくても、しかし第九やメサイア、そしてモーツアルトのレクイエムと並ぶかそれ以上に名曲性が高く、後世に残る屈指の傑作と呼ぶに相応しい最高級の作品であることは疑いようもありません。

さらに昨今はエコブームになりつつあり、テレビ各局をはじめ全国各地や世界でもエコロジーをテーマとした大規模なイベントが目白押しです。そうした中にあって「森の歌」は再び脚光を浴び初めても当然ですし、戦争により疲弊した国土を植樹によって再生するという本来の理念、人間の都合によって荒廃した地球を少しでもその本来の姿に戻していこうというコンセプトは誰からも共感を得るものですし、大切にされるべきものでもあります。


http://mkvrsd.cs.land.to/shostakovich/sof/forest.htm